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関口メンディー(せきぐちめんでぃー)さんといえば、GENERATIONSやEXILEで活躍してきたパフォーマー。
抜群の身体能力に、明るいキャラクター。そして何かにつけて飛び出す「メンディー!」。
正直、それだけでもかなり濃いですよね。
でも2024年、関口メンディーさんはGENERATIONSやEXILEなどすべてのグループを離れ、長年所属したLDHからも独立しました。
そして現在は、俳優、アーティスト、舞台と活動の幅を広げています。
華やかな世界を順調に歩いてきたように見える関口メンディーさんですが、その道のりをたどってみると、意外なほど泥くさい人でした。
野球での挫折、ダンス初心者からのスタート、周囲との実力差。
それでも自分にできることを探し続け、最後には居心地のいい場所から自分の意思で飛び出しているんですよね。
今回は、そんな関口メンディーさんのプロフィールからこれまでの経歴、結婚、独立した理由、そして2026年現在までを追っていきます。
関口メンディーのプロフィール
氏名:関口メンディー(せきぐちめんでぃー)
生年月日:1991年1月25日
年齢:35歳(2026年時点)
星座:みずがめ座
身長:182cm
出身:アメリカ・ニュージャージー州生まれ、東京都品川区育ち
配偶者:一般女性
父親はナイジェリア人、母親は日本人。
アメリカ・ニュージャージー州で生まれましたが、1歳の頃から東京都品川区で育っています。
小学1年生のときに両親が離婚し、その後は母親のもとで育ちました。
テレビで見る関口メンディーさんには、とにかく明るくて陽気なイメージがありますよね。
ところが経歴を追ってみると、ただ勢いだけでここまで来た人ではありません。
むしろ、
「うまくいかないなら、自分にできる別の方法を探す」
そんなことを何度も繰り返してきた人なんです。
もともとはダンサーではなく野球少年だった
今ではダンスのイメージが強い関口メンディーさんですが、子どもの頃に夢中になっていたのは野球でした。
6歳から野球を始め、小学6年生のときには少年野球の全国大会で準優勝。
高校まで野球を続けています。
ところが高校3年生のとき、野球推薦で大学へ進むことが難しくなり、野球を辞めました。
一般入試で日本体育大学へ進学。当初は体育教師になることも考えていたそうです。
ここで人生を変えるものに出会います。
ダンスです。
……と思ったら、最初から「ダンサーになってやる!」と燃えていたわけでもないんですよね。
本人が後に語ったところによると、新しいことを始めようと考えた理由のひとつには、
どうやったらモテるか
・・・・・
・・・・・
・・・・・
なんとも大学生らしい発想もあったそうです。
いや、動機そこなんかい。
でも人生って、案外こんなところから変わるのかもしれませんね。
町田啓太と同級生!ダンスではかなり差があった
日本体育大学で同級生だったのが、後に劇団EXILEで俳優として活躍する町田啓太(まちだ けいた)さんです。
2人は同じダンスサークルに所属。
その後はEXPG東京校へ通った時期や、GENERATIONS候補メンバーに選ばれるところまで一緒でした。
なんだか最初から華やかな2人に見えますが、当時のダンスの実力にはかなり差があったようです。
町田啓太さんは高校時代からダンス経験があり、一方の関口メンディーさんは大学から始めた初心者。
本人も後のインタビューで、町田さんを友人でありながらライバルだと思っていたことを明かしています。
そして上達するために何をしたのかというと、うまい人の近くにいる。
その結果、町田さんの家へ週5日ほど通い、本人いわく、ほとんど住んでいるような状態だったとか。
才能の差を感じて離れるのではなく、「だったら一番うまい人のそばへ行こう」と考える。
このあたり、関口メンディーさんらしさが少し見えてきますね。
「踊れそうなのに踊れない」見た目とのギャップに悔しい思いも
EXPGへ進んでも、すぐに順風満帆だったわけではありません。
大学からダンスを始めたため、周囲には幼い頃から踊ってきた人がたくさんいました。
しかも関口メンディーさんの場合、見た目から「めちゃくちゃ踊れそう」と期待されてしまったそうです。
ところが実際に踊ってみると、まだ初心者。
「思ってたんと違う」となるわけです。
本人は2026年のインタビューでも、GENERATIONSメンバーとのスキル差を自分自身が一番感じていたと振り返っています。
スクール時代には、期待されて踊った結果、がっかりされたり笑われたりしたこともあったそうです。
これは結構きついですよね。
でも、その悔しさが練習する原動力になりました。
さらに周囲と同じ土俵だけで勝負するのではなく、自分に何を掛け合わせればいいのかを考えるようになります。
ダンスだけではなく、身体能力、明るいキャラクター、バラエティー、ラップ、俳優。
現在の「何でもやるメンディー」には、ちゃんと理由があったんですね。
GENERATIONSからEXILEへ
2011年、関口メンディーさんはGENERATIONSの候補メンバーとして活動を開始。
2012年に正式メンバーとなり、同年11月にメジャーデビューしました。
さらに2014年には「EXILE PERFORMER BATTLE AUDITION」に合格し、EXILEへ加入。
ダンスを始めたのは大学に入ってからです。
そこから数年でEXILE。
……ちょっと待って。
初心者からの追い上げ、速すぎません?
もちろん本人に身体能力があったことも大きいでしょう。
ただ、周りより遅れて始めたことを自覚しながら練習を重ねた結果でもあるんですよね。
身体能力は本物!始球式では133キロ
関口メンディーさんの身体能力は、バラエティー番組でもたびたび話題になりました。
TBS系『究極の男は誰だ!?最強スポーツ男子頂上決戦』では複数回優勝。
2018年にはプロ野球の始球式で133キロを記録し、当時の芸能界最速として話題になりました。
子どもの頃から続けてきた野球は、プロへの道にはつながりませんでした。
でも後になって別の場所で武器になっている。
一度あきらめた経験も、人生のどこかでちゃんと戻ってくることがあるんですね。
バラエティーで生まれた「メンディー!」
関口メンディーさんといえば、名前を使った独特の言葉もおなじみです。
「ウメンディー!」
「おメンディー!」
一度聞いたら忘れにくいですよね。
きっかけのひとつになったのが、2014年のテレビ朝日系『いきなり!黄金伝説。』。
庄司智春さんが「ミキティー!」と叫ぶ流れから、「メンディー!」と叫ぶことを提案されたのだとか。
そこから名前をもじった言葉が定着していきました。
さらに2022年には占い番組で、名前の画数を理由に「関口メンディーー」への改名を勧められ、本当にSNSの名前まで変更。
ところが翌年、別の占い師から戻した方がいいと言われて元に戻しています。
占い師に名前のハンドル握らせすぎやろ。
ここまで素直だと、逆にちょっと憎めません。
実は高校時代に漫才までやっていた
意外なのが、高校時代には漫才コンビを組んでいたこと。
ダンス、野球、ラップ、俳優、バラエティー。
さらに漫才。
ほんで結局、何屋さんなん。
でも、いろいろなことに挑戦する姿勢は学生時代から変わっていなかったのかもしれませんね。
大学時代には牛丼店でもアルバイトをしています。
そして2026年、『世界くらべてみたら』で本人が明かしたアルバイト時代の失敗談が、なかなか強烈でした。
忙しさのあまり、なんと米を炊き忘れてしまったそうです。
その結果、約2時間店を閉めることになり、店頭でお客さんに謝罪。
そしてキッチン出禁に。
牛丼屋で
米を炊き忘れる。
・・・・・・・・
これは痛い。
カレー屋でカレー忘れるくらい痛い。
それでも今となってはテレビで笑って話せる思い出になっているんですから、失敗も無駄ではありませんね。
2024年、GENERATIONS・EXILE・LDHから独立
順調に見えていた関口メンディーさんに大きな転機が訪れます。
2024年4月、同年6月25日をもってGENERATIONSやEXILEなど所属するすべてのグループから離れ、LDHを退社すると発表しました。
突然の発表に見えましたが、実際には2022年、GENERATIONSの10周年活動を終えた後に脱退したいという考えをメンバーへ伝えていたそうです。
なぜ、長くいた場所を離れたのでしょうか。
後に本人が語った言葉から見えてきたのは、LDHが嫌になったからではありませんでした。
むしろ逆です。
LDHが自分にとって「実家」のように居心地のいい場所になっていた。
だからこそ、
「このままここにいていいのだろうか」
と考えるようになったそうです。
これは、ちょっと意外ではないでしょうか。
独立の背中を押した母親の言葉
独立を考える中で、関口メンディーさんの頭に浮かんだ言葉がありました。
10歳の頃、学校の「2分の1成人式」で母親から贈られた、
「日本と世界の架け橋になってほしい」
という願いです。
ナイジェリア人の父と日本人の母を持つ関口メンディーさん。
大人になった自分を振り返ったとき、「今の自分は日本と世界の架け橋になれているのか」と考えたそうです。
そして、なれていないと感じた。
ならば環境そのものを変えなければならない。
それが独立へつながりました。
2026年のインタビューでは、独立前には先が見えない怖さもあったことを明かしています。
それでも、それ以上に「何も変わらないこと」への思いがあった。
安定した場所を手に入れたからこそ、そこから出る。
口で言うほど簡単なことではありませんよね。
2025年に一般女性と結婚
プライベートでは2025年1月25日、34歳の誕生日に結婚を発表しました。
お相手は、以前から交際していた一般女性です。
名前や年齢、職業などは公表されていません。
一般の方なので、ここはそっとしておきたいところですね。
2026年8月の舞台制作発表では、家庭で大切にしていることについて「コミュニケーション」と回答。
長く一緒にいると分かっているつもりになりがちでも、改めて言葉で伝えることが大切だという考えを話しています。
あの「メンディー!」の勢いだけで家庭生活を送っているわけではなさそうです。
……そりゃそうか。
関口メンディーの現在は?俳優として存在感が増していた
2024年にLDHを離れた後、「メンディーはこれから何をするんだろう?」と思った人も多かったかもしれません。
ところが2026年現在、かなり動いています。
俳優として『DREAM STAGE』『非正規雇用 リズム&サバイブ』『ムショラン三ツ星』などに出演。
Netflix『喧嘩独学』にも出演しました。
さらに2026年11月からは、タクフェス第14弾『北の島から』で主演・小坂翼役を務める予定です。
アーティストとしても2026年2月に1stアルバム『EN-TER-MANDY』をリリース。
GENERATIONSやEXILEという大きな看板を離れたことで活動が小さくなるどころか、むしろ「関口メンディー個人」として何ができるのかを試しているように見えます。
「明るい筋肉の人」だけではなかった
関口メンディーさんをテレビで見ていると、どうしても明るいキャラクターが先に目に入ります。
「メンディー!」と叫んで、笑って、運動したらものすごく強い。
そんな人。
でも人生を順番に追ってみると、少し印象が変わってきませんか?
野球では思い描いた進路へ進めなかった。
ダンスを始めれば周囲より遅れていた。
期待されて踊ったら、がっかりされたこともある。
GENERATIONSに入ってからも、メンバーとの実力差を本人自身が感じていた。
それでも、
できないなら練習する。
同じところで勝てないなら、自分に別の武器を足す。
居心地が良すぎるなら、そこから一度出てみる。
関口メンディーさんの強さは、最初から何でもできたことではなく、「できない自分」を認めたあとに動けることなのかもしれません。
まとめ
関口メンディーさんは、1991年にアメリカ・ニュージャージー州で生まれ、東京都品川区で育ちました。
少年時代は野球に打ち込み、大学で初めてダンスを始めます。
そこからGENERATIONS、EXILEへ。
一見すると華やかな成功物語ですが、その途中には周囲との実力差や挫折もありました。
2024年には長年所属したLDHを離れて独立。
2025年には一般女性と結婚し、2026年現在は俳優やアーティストとして新しい道を歩いています。
「メンディー!」と叫んでいる姿だけ見ていると、ここまで考えて進んできた人には見えないかもしれません。
……いや、それはちょっと失礼か。
でも調べてみると、テレビで見えていた姿とは少し違う顔が見えてきます。
失敗もするし、悩むし、自信をなくすこともある。
それでも「じゃあ次に何をする?」と考えて動く。
関口メンディーさんがいろいろな場所で求められてきた理由は、身体能力や明るさだけではなく、そんな泥くささにもあるのかもしれませんね。
これから「世界でエンタメンディー」がどんな形になっていくのか。
独立してからの方が、むしろこの人の本当の面白さが見えてきたような気がします。





